歯周病は年齢を重ねるにつれ罹患する人が多くなっていて、45歳以上では過半数の人が罹患しているといわれています。
歯周病の原因は、プラークの蓄積による歯周病菌の増殖であり、そのことにより口内環境が悪化し歯茎の炎症や歯を支える骨を溶かしてしまうことです。
歯周病は進行具合や歯の状態などで治療の段階が異なり、軽症であれば日々の歯磨きや歯石除去といったメンテナンスで対応が可能な場合もあります。
しかし重症になると歯が抜け落ちてしまうほか、健康な歯を守るために抜歯しなければならないケースもあります。
本記事では歯周病で抜歯をする基準について、残す方法や抜歯の必要性を解説します。
歯周病の症状がみられる方や歯科医院にて抜歯を勧められている方は参考にしてください。
歯周病で抜歯をする基準は?
歯周病で抜歯を判断する評価としては、歯に関する要因・一口腔単位での要因・治療する人による要因・術者に関する要因があります。
歯に関する要因については、下記の項目が検討され、歯周治療の初期段階でもみられた場合は抜歯を判断する可能性が高いです。
- 50%を超える支持骨の喪失
- 根尖に及ぶアタッチメントロス
- 過度の動揺
- 進行した根分岐部病変
- 繰り返す急性炎症
また一口腔単位での要因としては、部位・隣接歯(近接、動揺等)・重度の歯周炎・残存歯数・補綴修復の有無あるいは設計が挙げられ、検査結果などから判断されます。
そして治療を受ける人自身の要因として、喫煙・ブラキシズム・全身疾患・プラークコントロール・コンプライアンスが挙げられます。
喫煙習慣がある場合やプラークコントロールが難しい場合は抜歯を判断する可能性が高くなるでしょう。
術者に関する要因では歯科医のスキルや専門分野が関わるところであり、スキル不足や専門外の場合は専門医のいる歯科医院にて再度判断してもらうことも必要です。
それに加え、該当する歯が歯列においてどのくらい重要なのか、抜歯に関して治療する人から同意が得られているのかなど総合的に判断して行われます。
近年では残存している歯を残すことが提唱されているため、抜歯を回避する考え方が根強くあります。
また抜歯後、インプラントを導入するケースが増えてきていますが、定期的にメンテナンスが実施されなければインプラント周囲炎のような新たな問題も発生するでしょう。
これらのことから歯周病における抜歯の判断基準は複合的な視点で行われ、治療する人へ十分な説明を行い理解と同意を尊重した上で実施されます。
歯周病治療で歯を抜かずに残す方法は?
歯周病治療において抜歯は治療する1つの手段にすぎません。抜歯以外にも歯周外科治療にて対応可能な場合があります。
歯周外科治療は下記の場合に適応になります。
- 歯周基本治療を行っても深い歯周ポケットが残存している場合
- プラークコントロール不良や歯周炎の再発が起こりやすい場合
- 審美障害や適切な修復物・補綴装置の装着を妨げている場合
歯周外科治療として行われる歯周外科手術には組織付着療法・切除療法・歯周組織再生療法・歯周形成手術の4つに分類が可能です。
どの手術を適応するのかは骨の欠損状態や口腔衛生状態などから総合的に判断されます。
特に歯周組織再生療法は歯周病により欠損した歯槽骨を再生することで周辺組織を再構築できる治療方法です。
すべての症例に適応できるわけではないため、適応の可否をしっかり診断する必要がありますが、可能な場合は抜歯を避けられる可能性が高くなります。
しかし口内に悪性腫瘍がある場合やその既往歴がある場合は、再生療法によって悪性腫瘍を増悪させてしまう可能性があるため、適応できません。
このように従来抜歯で対応していた状態でも歯周外科治療で対応可能な場合があります。
歯周病治療での抜歯の必要性
歯周病治療において抜歯をする基準や歯を抜かずに残す方法について解説しました。
抜歯は複合的な視点で判断され、抜歯以外に歯周外科治療でも対応できるケースがあることについて分かりました。
では、歯周病治療での抜歯の必要性について詳しくみていきましょう。
健康な歯にも歯周病が広がってしまうため
歯周病による一部の著しい歯周組織の破壊が、ほかの健康な組織にも広がってしまう可能性がある場合、抜歯が必要になることがあります。
プラークは増殖すると元々付着していた歯に留まらず、隣接する健康な歯にも付着して歯周病になってしまう可能性があります。
特に奥歯は治療が難しく、プラークの除去しにくいため、健康な歯も歯周病になってしまいがちです。
抜歯することで健康な歯を歯周病から守れます。しかし、適切な歯科外科治療が行われることで隣接する歯に影響を及ぼさないケースもあります。
歯周病の治療方法によって抜歯が必要かどうか医師と相談しながら決めましょう。
骨を守るため
歯周病が進行すると骨を溶かしてしまうので、骨を守るために状態によっては抜歯する必要があります。
歯肉炎から歯周炎に進行してしまうと歯周ポケットを通じて歯周病菌がポケット内に侵入し、歯を支える歯槽骨を吸収し始めます。
骨の吸収は破骨細胞の活性化によって生じ、歯槽骨が失われると歯がぐらつき始め、歯周組織を傷つけてしまい歯が抜け落ちてしまうのです。
歯の周りの歯石除去が困難な場合に、歯周病の進行を促進してしまう前に、その該当歯を抜歯することで歯槽骨などの歯周辺の骨が守られます。
放置すると激しい痛みが生じる可能性があるため
基本的な歯周治療を行ったのにも関わらず痛みが残り、今後放置すると激しい痛みが生じる可能性がある場合、抜歯することがあります。
歯周治療が終了すると痛みはほとんど生じることはありません。しかし、治療が終了しても痛みを感じる場合はそのままにしてしまうと痛みが強くなる可能性が高いです。
また、歯列不正による歯周病の悪化を根本的に解消するために行った矯正治療の後に痛みが発現した場合も、放置すると激しい痛みが生じることもあるため抜歯が適応されるケースもあります。
糖尿病など全身に影響を及ぼすため
歯周病の進行によって糖尿病などの全身に影響を及ぼす可能性がある場合も抜歯が必要になることがあります。
歯周病は糖尿病の合併症の1つともいわれるほど密接に関係があるため注意が必要です。歯周病によって歯肉から毒素が血液を通じて全身に循環し、血糖値に悪影響を及ぼします。
歯周病の毒素によって、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの働きを邪魔してしまうことで血糖値が上がってしまうためです。
また高血圧などの薬の副作用により歯茎が腫れてしまうこともあるため、持病により通院、薬を服用している場合はその旨も歯科医に伝えるようにしましょう。
歯周病の初期症状
歯周病は初期症状があらわれている段階で治療できると歯科外科治療にまで至らず、歯磨き指導や歯石の除去など歯周病基本治療にて症状が改善できます。
では、歯周病の初期症状とはどのような症状なのでしょうか。主に下記の4つが当てはまります。
- 歯茎を押すと血が出ることがある
- 歯がうずく
- 歯と歯の間に食べ物がはさまりやすくなる
- 口の中がねばつく
これらの症状について具体的にみていきましょう。
歯茎を押すと血が出ることがある
歯周病の初期症状として、歯茎を押すと血が出ることがあります。
これは歯周病の進行によって歯茎の炎症がみられることで、通常であれば出血が伴わない程度の刺激でも出血してしまう状況です。
例えば普段歯磨きをしていて、歯ブラシの毛先に血がついていたり、うがいをした際に血も一緒に混じっていたりすることがあります。
このように通常では歯茎から血が出ることがない歯磨きでも歯周病により歯茎が炎症すると腫れやすくなり、出血しやすくなってしまうのです。
歯がうずく
歯がうずくと感じる場合も歯周病が進行している可能性があります。
歯と歯茎の間にプラークが蓄積し、歯と歯茎の間に歯周病菌が入り込むと歯茎に炎症を起こしますが、ほとんどの場合は痛みを感じることはありません。
しかし、歯茎の炎症具合や歯周病の進行による歯のぐらつきなどによって歯がうずいている感じがすることもあります。
歯がうずいている感じとともに、歯のぐらつきもみられる場合は歯周病がかなり進行している可能性が高いため、早期の治療を行いましょう。
歯と歯の間に食べ物がはさまりやすくなる
歯周病が進行すると、歯と歯の間に食べ物がはさまりやすくなります。これは今まで食べ物がはさまることがなかった方でもみられるようになります。
歯周病は歯と歯茎の間から歯周病菌が入り込み、歯茎に炎症を起こしながらさらに溝の奥へと進行していくのが特徴です。
それによって歯周ポケットといわれる溝が生まれ、歯と歯の間にあった正常な隙間が深くなっていってしまいます。
食べ物がはさまりやすくなると歯磨きの際に磨き残しが出るようになり、より歯周病の進行を助長させてしまいます。
歯と歯の間にはさまった食べ物が歯ブラシで除去するのが難しい場合は、歯間ブラシやデンタルフロスを活用して除去するようにしましょう。
口の中がねばつく
歯周病によって口の中がねばつきやすくなります。これはプラークの停滞とそれによる歯周病菌の増殖によって口内環境が悪化し、口臭や口の中のねばつきが発生します。
プラークは歯磨きが不十分であったり、砂糖を過剰に摂取したりするとネバネバした物質を生成し、歯に付着しやすいです。
特に朝起きた時に口のねばつきを感じることが多いのではないでしょうか。なぜなら寝ている間は口の中が乾燥しやすく、歯周病菌が増殖しやすい条件が整うためです。
口の中のねばつきを感じたら、まずは歯磨きを行います。そして、歯周病が進んでいる可能性があるため、歯科医院にて検査をしましょう。
歯周病の予防方法は?
ここまで歯周病の初期症状について解説しましたがどの症状も特別なものではなく、普段感じる機会の多い症状ではないでしょうか。
歯周病は自覚症状がほとんどない状態で進行していくため、気付いた段階ではかなり進行していたというケースも少なくありません。
歯周病を防ぐためには普段からの予防が大切になります。歯周病の予防方法としては、下記の5つが挙げられます。
- 正しい歯磨きで歯垢を落とす
- 歯科医院で歯石をとる
- 喫煙を控える
- ストレスをためない
- 生活習慣を整える
それぞれの予防方法について詳しくみていきましょう。
正しい歯磨きで歯垢を落とす
まずは、正しい歯磨きでプラークを落とすことが最も重要になります。
歯磨きはほとんどの方が毎日行っていますが、それでも歯周病になってしまうのは正しい歯磨きができていない方が多いためです。
歯磨きの際に力強く歯を磨いていたり、奥歯や歯の裏側まで磨けていなかったりすることで磨き残しが出てしまいます。
磨き残してしまった歯垢から歯周病につながってしまうため、正しい歯磨きの励行が大切です。
正しく磨けているかどうかは自分自身では分からないため、歯科医院にて歯磨き指導をしてもらうと力加減や歯ブラシの当て方など具体的なアドバイスを受けられます。
正しい歯磨きの習慣化によって、歯周病の予防に効果があります。
歯科医院で歯石をとる
歯に歯石がついている場合は歯科医院にて歯石を除去してもらいましょう。
歯石は唾液に含まれるカルシウムやリン酸がプラークに付着し、石灰化することによって固くなってしまうものを指します。
歯石がもとでその上にプラークが蓄積することで歯周病菌が増殖し、歯周病が進行しやすい上、歯石は歯ブラシなどでは除去できないため歯科医院にて除去してもらわなくてはなりません。
とはいえ日々の歯磨きで全てのプラーク菌を除去することは難しく、歯石ができてしまうこともあるため、定期的に歯科医院にて歯石の除去をしてもらいましょう。
喫煙を控える
喫煙を控えることも歯周病予防には効果的です。喫煙と歯周病は一見関係がないようにみえますが、喫煙が歯周病の進行に影響があります。
たばこの有害物質により血管が収縮し、歯茎に血液が行き渡らないことで酸素不足になり、歯周ポケット内の歯周病菌の活動を活発にしてしまう悪循環に陥ります。
また喫煙により口内環境が悪い状態が常態化してしまうと、通常歯周病予防に効果的な歯磨きや歯石の除去を行っても十分な効果が得られません。
加えて歯周病の治療を行っても非喫煙者と比較すると治りが遅いともいわれています。
喫煙を控えると歯茎の状態が良くなり、歯周病リスクの低下や治療効果の上昇がみられることが分かっています。
このことからも喫煙を控えることは歯周病の予防になりますので、できる限り控えるようにしましょう。
ストレスをためない
ストレスをためないことも歯周病の予防には適しています。
ストレスがたまると自律神経のバランスが崩れ、免疫力が低下します。すると歯周病の原因である歯周病菌が増殖しやすくなる可能性が高いです。
またストレスによって交感神経が働き、ねばつきの多い唾液が分泌されることから口の中が乾燥しやすくなります。
口の乾燥によって歯周病菌が増殖して口内環境が悪化してしまうことから、歯周病が進行してしまうきっかけにつながります。
反対にリラックスしているときは副交感神経がはたらくため、ねばつきの少ない唾液が分泌されるので口の乾燥を防ぐことが可能です。
他にも暴飲暴食や飲酒によって歯磨きを怠ってしまうなど、日々の歯周病予防の習慣が崩れてしまう恐れもあるため、ストレスをためないことも大切です。
生活習慣を整える
生活習慣を整えることで歯周病予防の行動を習慣化できます。
生活習慣で歯周病の要因になりうる行動として、前述の喫煙やストレスのほか、不規則な食生活・歯ぎしり・食いしばり・口呼吸などが挙げられます。
また、歯周病予防の基本である歯磨きが定期的に行われないと歯周病がますます進行してしまうでしょう。
規則正しい生活習慣を心がけることで歯周病予防にも効果があります。
歯周病で歯を失わないために早めの受診を
歯周病は早期に治療を受けることで歯を失うリスクを抑えられます。
歯周病が進行し、重度の状態まで治療を怠ってしまうと抜歯が必要になるケースや治療が長期化してしまうケースもあります。
歯を失ってしまった場合は入れ歯やインプラントによるいわゆる欠損補綴をおこなったとしても、歯科医院での定期的なメンテナンスは必須です。
このように歯周病が重度化してしまうと治療期間が長くなるだけでなく、治療費もかさんでしまうため非常に負担が大きいです。
また義歯は自分の歯と比べ噛む力が弱いことから、今まで食べられた硬いものも食べられなくなる場合があります。
歯を失わないためにも歯周病の初期症状が感じられた場合は早期に歯科医院を受診しましょう。
まとめ
歯周病で抜歯をする基準について、歯を残す方法・抜歯の必要性を解説しました。
歯周病の進行状況や体の状態などによっては抜歯が必要なケースがあることが分かりました。また、歯周組織再生療法によって抜歯せずに治療できるケースもあります。
そして抜歯が必要な場合は必ず治療する人の意向が尊重されますので、最終的に抜歯するかどうかはご自身で判断しなくてはなりません。
歯科医より十分に説明を受け、理解した上で抜歯するかどうか判断しましょう。
参考文献
- 抜歯適応の基準を再考する:歯周病学の立場から
- 歯周治療のガイドライン2022
- 重度歯周病治療と「抜歯」の関係|医療法人社団 Uke Dental Offce
- 歯周病が全身に及ぼす影響|特定非営利活動法人 日本臨床歯周病学会
- 歯周病の予防と治療|e-ヘルスネット[情報提供]
- 歯周病とは?|特定非営利活動法人 日本臨床歯周病学会
- 歯周病とはどんな病気ですか|日本歯科医師会
- 歯周病の予防法、そしてかかってしまった場合にできることを教えてください|日本歯科医師会
- 歯石(しせき)|e-ヘルスネット[情報提供]
- 喫煙と歯周病の関係|e-ヘルスネット[情報提供]
- ストレスと歯周病|日本アイ・ビー・エム健康保険組合